本願の船には乗れど、 煩悩の船のとも綱 離しかねつも。
歎異章【第十五章】の一部
- いかにいわんや、戒行恵解ともになしといえども、弥陀の願船に乗じて、生死の苦海をわたり、報土の岸につきぬるものならば、煩悩の黒雲はやくはれ、法性の覚月すみやかにあらわれて、尽十方の無碍の光明に一味にして、一切の衆生を利益せんときこそ、さとりにてはそうらえ。
- この身をもってさとりをひらくとそうろうなるひとは、釈尊のごとく、種種の応化の身をも現じ、三十二相・八十随形好をも具足して、説法利益そうろうにや。
- これをこそ、今生にさとりをひらく本とはもうしそうらえ。



