香椎温泉旅館不老閣跡
515事件の最初の謀議は、香椎にあった温泉旅館で行われました。
昭和初期の日本は、相次ぐ経済ショックにより深刻な不景気に見舞われていました。
特に地方では娘を身売りに出さなければならない家庭も多い事態でした。
しかし、中央政界の一部は財閥と結託して利権をむさぼっていました。
海軍の「藤井斉」大尉は、ロンドン軍縮会議での日本の対応に不満を抱き、上層部批判、政治批判を止めなかったことから、長崎の大村海軍航空隊に異動となりました。
この事が、いくら選挙をやっても変わらない政治家や財界人を武力で排除するしかないと考える若手将校との距離を縮める事になり、香椎温泉の「不老閣」で謀議を行う事になりました。
その場には、血盟団の指導者井上日召、後に中曽根康弘始め歴代総理大臣の指南役となった「四元義隆」も参加していました。
その後、藤井斉は上海に送られ戦死します。
精神的支柱を失った若手将校らは、その遺志を引き継ぎ515事件を起こす事になります。
現在、香椎に温泉はありません。不老閣のあった場所には、「曙のつとい」の石碑が建てられています。
515事件は、その後の軍の政治介入が強くなるきっかけとなった事件です。その最初の謀議が香椎だったとは。
今の福岡県は、政治のあり方が注目されています。政治家の意識はもちろん、県民が来春の選挙ではしっかりとした判断をする必要があります。
