多々良川上流の史跡 |
新聞解説記事 |
地図、年代、形状 |
内橋カラヤ遺跡詳細地図 |
この地区は昭和46~47年に、新幹線ルートの試掘調査で発掘された多々良込田遺跡の範囲で、弥生時代から平安時代にかけての集落跡や官公的施設の存在が明らかになった場所で、鴻臚館と同じ遺物が多数出土している。
多々良込田遺跡出土品 |
多々良込田遺跡 |
戸原麦尾遺跡 |
古代ではこの付近まで入海だったようで、そこに橋がかかっていたため、地名となったようだ。
古代人の居住に適した場所だったのだろう。
二ヶ月後にでかけてみたら、もう道路改修工事のため、完全に掘り繰り返されていて、古墳は永遠に消えうせていた。
古墳跡の工事風景 |
0 件のコメント:
コメントを投稿