2025年4月1日火曜日

原 石鼎

 原 石鼎(はら せきてい、1886年3月19日 - 1951年12月20日)。

島根県出身の俳人高浜虚子に師事、「鹿火屋」を創刊・主宰。

大正期の「ホトトギス」を代表する作家の一人で、色彩感覚に優れたみずみずしい作風で一世を風靡した。本名は鼎。



2025年3月29日土曜日

植木の伐採

 市役所の駐車場横の住宅は、前庭と奥の庭の植木が大きくなりすぎて、日当たりが悪くなっていた。

駐車場が空いている土曜日に、作業用のクレーン付きトラック、土地掘削用の重機、枝葉運搬用トラックなどが運び込まれ、5~6人の作業員で、ほぼ1日かけて、綺麗に植木類が伐採された。


植木が亡くなった住宅

昼間に家の前の道路を通ってみると、切られた植木の断面の直径は、玄関横のが40cm、奥庭のが50cmくらいであった。住宅の補修がはじまっていた。

夜見ると、電灯がついていないので、空き家らしい。


2025年3月26日水曜日

動物の老化と死は別次元である。

 




食べ物と血糖値の関係


 人間は糖質の摂取量が少なくても、多すぎても、死亡率が高まる。50~55%位が最適である。


古賀市では、食事は野菜をはじめに食べようと推奨している。

これによって血糖値が上がりにくいという学説による。



しかし、この学説は古く、40人の二つのグループで、2年間にわたって実験して、わずかな差がでたものであった。

当時は血糖値検査は注射器による採血で、被験者は地獄の苦しみを2年間味わったそうだ。

現在は血糖値は貼り付けセンサーで簡単に測定できる。

血糖値センサー

同じものを食べても、血糖値の上昇は、個人差が大きいことが解ってきた。


その理由は、個人の腸内細菌の違いによることが、イスラエルの研究所で発見された。


腸内細菌の差で血糖値上昇がことなる




さらに個人の腸内細菌をしらべて、その人の食べ物に適した種類を知らせるアプリの提供も始まっているそうだ。

食べ物のランキングを教えてくれる

やがて日本国内でも普及してくれるだろう。

2025年3月20日木曜日

松尾芭蕉が尊敬していた西行法師

 

   元禄三、元旦

松尾芭蕉の句

薦を着て誰人います花の春

(真蹟草稿)

(こもをきて たれひといます はなのはる)



 元禄3年元日、膳所での歳旦句。芭蕉47歳。
『奥の細道』を昨秋に終え、この年の四月からは『幻住庵』に居住、この一年後『嵯峨日記』の執筆に入る時期。
「軽み」発見の時期にあたり、芭蕉の俳諧の最後のステージへと完成して行く時期の始まりにあたる。

都の春、数多居る乞食の中には、きっと西行上人のような偉大な文学者もいることでしょう。
 尊敬してやまない西行の(著作と信じられていた)『撰集抄』には、乞食<こつじき>の作品が多く掲載されている。

乞食とは、経済的、才能的理由でやっている敗残者などではなく、 芭蕉にとっては、虚飾と汚濁の濁世・塵土を見限った世捨ての文人墨客の謂なのである。
 
 一句で「薦を着て」いるのは乞食の制服。都に多い乞食だが、この中にも西行が言う乞食が多く含まれているに違いない。
 『此筋・千川宛書簡』によれば、この句を歳旦帳の引付巻頭に載せるなどとんでもないことだと京都の俳人達は陰口を言っているとある。

 芭蕉の思いとは別に、世間の「常識」は、乞食はやっぱり人生の敗残者だったのである。





逆に松尾芭蕉は、「蕎麦きりと俳諧は、都の土地に応ぜず」と、京都地区の俳人たちを批判している。
彼らは弟子の俳句にランキングを付けることで、弟子を喜ばせて弟子を増やし、収入を稼いでいただけにすぎないからだ。


本居宣長「玉勝間(たまかつま):兼好法師が詞のあげつらひ」でのべたような類似の対立である。



2025年3月18日火曜日

日本企業の体質




 今年の春闘も大幅な賃上げ要求を多くの企業がみとめている。

今後の経営は大丈夫なのかなと老婆心ながら心配していた。

しかし今までいかに労働分配率を抑えて、内部留保を積み上げて

いたかを知ると、賃上げは当然のことである。