2026年1月1日木曜日

2025年12月31日水曜日

「紫袂(むらさきたもと)の柵」


 棟方志功が、妻を思って詠んだ代表歌。

「小矢部川 雪解け居るも 吾妹子(わがもこ)の 

 矢羽 根紫 袂(たもと)香(にお)ふも」

その板画:「紫袂(むらさきたもと)の柵」



2025年12月29日月曜日

ヴェネツィアを支えた専門島「ムラーノ島」

専門島が4島あり、お墓島のサン・ミケーレ島、野菜島のサンテラズモ島、漁師島のブラーノ島、そしてガラス工房のムラーノ島である。
 
 
ムラーノ島は、1000年以上まえからガラス工房専用に開発された。現在は約30軒の工房が存在している。

交易で栄えたヴェネツィアは、ガラスの原材料輸入が可能っだったので、火災の危険性がある工房をこの島に分離して設置し、製造することにした。
ガラス製造技術者が集合されたことで、ガラス製作の新しい技術が沢山うみだされた。
島にガラス職人を隔離したので、その高いガラス製造技術の流出を防止することも出来た。



わが家も、ムラーノ島を訪れたときに、男女ペアのガラス人形を買って帰った。

2100年には、海水位の上昇で島が水没する可能性があると予想されているそうだ。
チェコのボヘミアングラス工房には、ムラーノ島の技術者がかなり移動したという情報もある。

2025年12月28日日曜日

江崎玲於奈100歳の年末提言

昭和100年の年末ということで、多くの著名人が、百年の感想を新聞紙上で意見をのべているが、70~80代の人が多い。
私と同じ年齢の100歳でまだ元気な江崎玲於奈さんの提言が、もっとも共感を覚えるものであった。


江崎玲於奈の提言記事全文

 
科学の進歩について、「万有引力」を提唱したニュートンには、「私が他の誰よりも遠くをみることが出来るを見ることが出来るととすれば、背の高い巨人の肩の上に立って視野を延ばしているからだ」という言葉があります。科学的発見のプロセスは常に先達の積み重ねの上に論理的にきちんと融合した形で、革新的な知識が加わっていくもの。言わば科学には、仕組みそのものに、「進歩」が内在している。芸術や音楽も、革新的変貌を遂げることことはありますが、必ずしも進歩ではないでしょう。



AIが創造力を持ったとき・・・誰にも予測できない。

2025年12月27日土曜日

うがい薬

冬場は 風邪予防に、うがいをするよう注意されます。

現在の薬局には沢山の「うがい薬」が並んでいます。

戦時中は軍隊で、うがいは塩水ですればよいと教育されました。

最近のマスコミでも、うがい薬は必要ない。水でうがいすればよいと言っています。

わたしの掛かりつけ医師も、風邪予防は水でよいという意見です。

ネット検索すると、

「うがい薬とは、口の中の真菌・細菌やウイルスなどを殺菌する含嗽剤(がんそうざい)のこと」と定義されています。


「人の多い場所から帰宅したあとや、のどがイガイガするときなど、風邪を予防したいときなどに使います。


口腔内のリフレッシュにも使えるので、食事後や喫煙後などにもぴったりです。」と記載されています。


うがい薬と似ている「マウスウォッシュ」は、主に口の中を爽快にして口臭などを防ぐために使うもの

殺菌・殺ウイルスに特化するうがい薬とは目的が異なります。


「のどスプレー」も、のどの腫れや荒れがあるときの治療薬であり、予防のためとして日常的に使うものではありません。

うがい薬というものには、

ウイルス対策に効果が期待できるもの

のどの痛み・不快感にアプローチするもの

口腔内の洗浄や口臭の除去に使えるもの


などさまざまです。


目的に合ったうがい薬を選び、毎日の健康維持に役立てましょう。

2025年12月21日日曜日

針摺の瀬戸(古代の海峡)

 筑紫高校の住所を調べたら筑紫野市針摺とになっている。

古代の地図では針摺の瀬戸と呼ばれた場所である。
下図赤丸の付近。
今は大宰府市と筑紫野市の境界線になっている。


2025年12月20日土曜日

三島由紀夫の予言

三島が自衛隊で行った演説の要旨

三島生誕100年で、彼の死についてTVなどで論議が取り上げられている。
私は三島の1年あとの生まれで99歳になるが、戦時中の軍国主義の教育を、三島と同様に本能的思想としてたっぷり受けた。
「日本を守るとは天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることである」という三島の思想は、私の心理の奥にもしみついている。
三島は文系だったので、徴兵検査で不合格になったとき、劣等感を感じたそうだ。
私は理系だったので、徴兵検査に乙種合格したとき、電波技術者として働きたいと思った。
 

三島は大蔵官僚となったが、文学の分野に転向し、若くして世界各国を見て回り、世界の思想のすべてを学んだようだ。政治・経済・文化・芸術の多角的な視点から文学作品を発表しながら、彼の思想が保守的になっていったのは、若い頃の戦時教育のせいであろう。
私は中堅企業の研究技術者として、右派・左派の中間アーチ的存在に終始し、日本の経済成長に満足していた。
アメリカや欧州の技術開発を学び、新製品の開発、生産技術の向上、品質管理などの普及につとめ、アジア諸国の技術者を迎えての教育活動にも参画した。


三島の未来予測
その頃三島は、上記のような未来予測にもとずいて、「楯の会」の活動をはじめ、自衛隊基地で自決した。
当時の私は、三島の行為を愚かなことと感じていたが、戦後百年の現在になってみると、日本経済は「失われた30年」で、政治・経済が混乱し、米・中のあいだで揺れ動いている。
三島が予言した「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の富裕な、抜け目のない、或る経済大国」は、もはや経済大国ではなくなっている。


日本は生命尊重だけは最優先で、世界一の長寿国、高齢化社会になっている。

世界は冷戦の二極時代から、多極化時代に変わりつつあるが、三島がここまで予測していたかどうかは定かでない。