2026年5月22日金曜日

地下水の汚染

 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh1946/7/2/7_2_110/_pdf

戦後の混乱期に、古賀町でも地下水の汚染による被害者が多数発生しました。

地元の井上医師、樫山医師などと、九大の医学部の連携研究で、汚染の原因が追究されました。

2026年5月20日水曜日

吉村昭の戦史小説

 

戦艦武蔵

巨大戦艦武蔵の建造からシブヤン海での最期までを追った記録文学的長編で、吉村昭の名を決定づけた代表作の一つです。海戦シーンに加え、造船所や乗組員たちの証言を丹念に集めた「戦史記録文学」として評価されています。

海の史劇

日露戦争の日本海海戦を描いた大作で、ロシア艦隊の長征の出発から東郷平八郎の死までを通して、海戦の全体像を再構成した作品です。日本海海戦の「劇的な全貌」を克明に描いた歴史・戦史小説として位置づけられています。

深海の使者

第二次大戦中の「遣独潜水艦作戦」を扱った長編で、連合軍の封鎖をかいくぐって大西洋に潜入する日本潜水艦の連絡任務を描きます。「著者最後の戦史小説」と紹介されることも多く、潜水艦戦を正面から扱った代表的な海戦小説と言えます。

幕府軍艦「回天」始末

幕末の幕府軍艦回天を軸に内戦期の海戦とその実態を追った作品で、吉村の「徹底した事実主義」による海戦描写が高く評価されています。近代海戦の前史として読むのに向いた一冊です。


残酷さとリアリズムが強い系

  • 殉国 陸軍二等兵比嘉真一
    沖縄戦の少年兵を描いた長編。イデオロギーを極力排し、二等兵の日常と最期を淡々と追う戦記小説。
  • 戦史の証言者たち
    兵士や関係者からの聞き書きをもとにしたノンフィクション寄りの戦記。太平洋戦争の各戦場の証言がメインで、吉村の取材力がよく分かる一冊。

海軍・潜水艦が舞台の長編

  • 深海の使者
    日独連絡のため、大西洋に潜入した日本潜水艦の作戦を描く長編。緊張感のある海戦描写と、乗組員の消耗がじわじわ来るタイプ。
  • 空白の戦記
    正史にあまり載らないエピソードを扱った短編集。兵站や裏方など「影の戦争」をめぐる話が多い。

🌊 近代戦争・海戦もの

  • 海の史劇
    主に日本海海戦を中心とした日露戦争期の海戦を描く。戦術の動きや艦隊運動までかなり細かく、海戦ものが好きなら必読。
  • 幕府軍艦「回天」始末
    幕末の幕府軍艦回天を通して内戦期の海戦を描く作品。綿密な資料調査と事実主義が特徴で、海戦の「現場感」が強い。

🧭 記録文学寄りの代表作

戦史小説と隣接する「記録文学」ですが、戦争に関わる代表作としては次のようなものがあります。

作品名主な題材雰囲気の特徴
戦艦武蔵巨艦武蔵の建造と最期徹底取材の記録文学(shinchosha.co.jp)
海の史劇日本海海戦などの日露戦争史実重視の戦記小説調(shinchosha.co.jp)
空白の戦記埋もれた戦争エピソード集裏面史を掘り起こす(shinchosha.co.jp)
深海の使者大戦中の潜水艦作戦サスペンス性のある長編(books.bunshun.jp)



🌊 代表的な海戦・海軍もの

戦艦武蔵

巨大戦艦武蔵の建造からシブヤン海での最期までを追った記録文学的長編で、吉村昭の名を決定づけた代表作の一つです。海戦シーンに加え、造船所や乗組員たちの証言を丹念に集めた「戦史記録文学」として評価されています。(shinchosha.co.jp)

海の史劇

日露戦争の日本海海戦を描いた大作で、ロシア艦隊の長征の出発から東郷平八郎の死までを通して、海戦の全体像を再構成した作品です。日本海海戦の「劇的な全貌」を克明に描いた歴史・戦史小説として位置づけられています。(shinchosha.co.jp)

深海の使者

第二次大戦中の「遣独潜水艦作戦」を扱った長編で、連合軍の封鎖をかいくぐって大西洋に潜入する日本潜水艦の連絡任務を描きます。「著者最後の戦史小説」と紹介されることも多く、潜水艦戦を正面から扱った代表的な海戦小説と言えます。(books.apple.com)

幕府軍艦「回天」始末

幕末の幕府軍艦回天を軸に内戦期の海戦とその実態を追った作品で、吉村の「徹底した事実主義」による海戦描写が高く評価されています。近代海戦の前史として読むのに向いた一冊です。



2026年5月17日日曜日

百寿の祝賀会

 

大正三年生まれの古賀作一さんは、安倍晋三総理から表彰された。

大正十五年生まれの私は、九州大学の後輩で同じ寅年うまれで、東サロンで20年間も指導をいただいた。

私もやっと今年百寿となり、九月には高市総理から表彰される予定である。
東サロンのような集まりはコロナで消滅したが、SJR千早の友人の集まりで、何らかの祝賀会を行いたいと思っている。SJRにはほかに一人百寿の人がおられる。
百寿人口の増加で、「寿」の銀杯は少し小さくなっているいるだろう。昔は100g以上だったらしいが、最近は95gになっているようだ。


2026年5月4日月曜日

大正15年~昭和2年の政治

私は大正15年 5月に生まれ、今月で満100歳をむかえる。

大正15年の政治状況を一言でまとめると、AIは次の回答をしてきた。

  • 政党内閣と議会政治が形式的には最も完成していた
  • 同時に無産政党の誕生などで政治が大衆化し、右も左も多党化が進んだ
  • 皇位継承と昭和への改元を控え、体制の先行きには不安も滲み出ていた
    という「大正デモクラシーの最後の一年」でした。
第1次若槻内閣は、内閣総理大臣臨時代理内務大臣若槻禮次郎が第25代内閣総理大臣に任命され、1926年大正15年)1月30日から1927年昭和2年)4月20日まで続いた

私の名前は、立憲政友会総裁田中義一の名前をとって、義一とナズケられた。ただし読みは、ギイチではなく、ヨシカズで、政治には無関係な人生であった。

田中義一が内閣総理大臣就任

1927年4月19日、総理決定の日、羽織袴姿の田中

1927年(昭和2年)3月、第1次若槻内閣のもとで全国各地の銀行で取り付け騒ぎが起こった。

若槻内閣は同年4月17日に総辞職を表明し、代わって立憲政友会総裁の田中が4月20日に組閣した。田中内閣には元総理や次の総理を狙う大物政治家、そして将来の総理や枢密院議長などが肩を寄せ合い、大物揃いの内閣となった。

内閣の主な顔ぶれ

蔵相に起用された高橋是清は全国でモラトリアム(支払猶予令)を実施し、金融恐慌を沈静化した。

この時代から、吉田茂や鳩山一郎の名前が出てくるのは、驚きであった。

神仏習合

 日本の宗教観は多神教の部に属する。

最初は神道がおこる。地球の地震多発地で、巨岩や高瀧などが発生し、これらは神の姿とあがめられた。


しかしその後も大地震が発生し、多くの被害や死者が発生したので、大陸から伝わった仏教の仏様に、救いを求めた。


そして神と仏は融合していき、無常観の心で、生きてきた。

2026年4月26日日曜日

羽田沖JAL墜落事件

 JALが羽田沖海岸に墜落事故を起こし、多くの犠牲者がでた。

機長がノイローゼになっていたのが、原因であった。

西部電機の田嶋部長が、乗客であったが、亡くなった事故でもある。

その時の副操縦士は、江崎という人物で、機長のおかしな操縦にかなり反抗したそうだが、事故となってしまった。

彼の母は江崎姓だが、ドイツ人で留学中の江崎教授と結婚し、日本人となった人物人物で、福岡女子大のドイツ語教師をしていた。

我が家の二三子夫人もその教えをうけていたという。

その子供さんは、JALのパイロットで、羽田沖墜落事故の時の副操縦士であった。

2026年4月23日木曜日

織田家;豊臣家:自害の5月

 

「昔より 主を討つ身の 野間なれば 

    報いを待てや 羽柴筑前」辞世の句・最後の言葉

織田信孝   1583年5月 自害

  • 「野間」は、平治の昔に主人である源義朝が裏切り者に討たれた場所であり、信孝はここに幽閉され自害しました。この地名を用いることで、裏切り者への報いを待つという強い意志が込められている。
  • 「羽柴筑前」は豊臣秀吉を指し、信孝の敵に対する感情や、戦国時代の複雑な権力争いの中での無念さを表現している。

信孝の心情

信孝は、父・信長の死後、織田家の後継者として名乗りを上げたが、秀吉の策略に翻弄され、最終的に自害を選びました。辞世の句には、恨みや悔しさを抱えつつも、自らの生き方に誇りを持ち続ける強い意志が感じられます 。この句は、戦国時代の荒波の中で、忠義と誇りを貫いた信孝の生き様を象徴しています。


 秀吉の息子 秀頼 : 1615年 5月 自害

5月に揃えたのは、家康だという磯田さん。