機械に「見る力」を与えようとした男は、世界中から笑われた未来を、数十年後の当たり前へ変えていった。
スマートフォンが顔を認識し、自動車が周囲の状況を判断して走る現代。その技術の根底には、まだコンピュータが数字を処理するだけの存在だった時代に、「機械にも視覚を持たせられる」と信じ続けた一人の研究者の挑戦があった。
金出武雄がコンピュータビジョンの研究を始めた1970年代、世の中の常識は彼の考えとは正反対だった。コンピュータは巨大な計算機であり、画像を見て意味を理解する能力など持てるはずがない。専門家の間でも、機械が人間の目のように世界を見る研究は、現実離れした発想だと受け止められていた。
写真の中に何が写っているのかを判断する。道路上の障害物を認識する。車が自分の判断で走行する。現在では身近な技術になったが、当時は計算能力の不足から実現不可能と思われていた。
そんな時代に、金出は未来の姿を描いていた。
アメリカのカーネギーメロン大学へ渡った後も、彼の挑戦は順調ではなかった。自動走行車の構想を語っても、多くの人から理解を得られず、研究費を集めるために何度も自分の考えの価値を説明し続けた。周囲が疑問を抱く中でも、彼は数十年後の社会を見据えて研究を進めた。
1980年代、金出のチームは世界に先駆けて、自ら周囲を認識しながら走る車両の開発に成功する。まだ誰も現実の技術として考えていなかった自動運転への道を、研究室の中から切り開いたのである。
やがて、彼が積み上げた理論は世界中へ広がっていった。
スマートフォンの顔認証技術、スポーツ中継で選手をさまざまな角度から映し出す映像技術、そして自動運転システム。現在、多くの人が自然に利用している技術の裏側には、かつて「機械に目を持たせることは無理だ」と考えられていた時代に、可能性を追い続けた研究者の努力がある。
世界的なロボット工学の権威となった金出武雄のもとには、今も最先端技術を担う研究者たちが集まる。Googleやテスラなどで自動運転開発に関わる技術者にも、彼の研究思想は受け継がれている。
誰にも理解されなかった一つの発想は、長い年月をかけて世界の風景を変えた。かつて夢物語と呼ばれた未来は、今では私たちの日常の中で動き続けている。