2026年2月16日月曜日

箱崎宿の藤野家


わが藤野家は、箱崎の一光寺に13代の家歴があり、分家の末に存在していますが、本家筋は箱崎宿の中心に存在していたようです。歩歩歩会の調査により、藤野家の現存の姿が紹介されたので、その要約写真をまとめてみました。 














香椎宮と箱崎宮

 福岡市東区の一の宮に、香椎宮と箱崎宮がある。その概要を比較してみよう。


            香椎宮              箱崎宮


ご祭神     仲哀天皇・神功皇后       応神天皇・神功皇后・玉依姫命

創建      724年(神亀元年)      921年(延喜21年)

社閣      明治初期 官幣大社 戦後一宮  大正3年 官幣大社 戦後一宮

勅祭社     10年ごと勅祭り

石碑      官幣大社 香椎宮のまま     大社 箱崎宮




参拝者:都心に近い箱崎宮のほうが、初詣、必勝祈願、放生やなどで参拝者が多い。

2026年1月30日金曜日

円高・ドル安

 最近の円高・ドル安のニュースで、過去の日米交渉の話を思い出した。

宮沢喜一総理の時代にも、大きな円高・ドル安の変動があった。その後、宮沢総理とクリントン大統領の会談があり、宮沢総理は、日本が色々苦労して円高対策を行い、貿易不利を克服したことを、得意の英語で説明した。

これを聞いたクリントン大統領は、日本を甘くみて、さらに厳しい政策に転換した。

当時親日派のキッシンジャー氏は、「宮沢総理は、なぜ英語で交渉したのか?英語で話すことは親近感をあたえるが、誤解を招くことが多い。翻訳するときに、イエスとノーの使いかたが、日米で逆の場合がある。ドイツ・フランスの首脳も、交渉会話に英語は絶対使わない。」と解説していた。

そのせいか、その後社会党内閣になったりして、円が76円まで高くなったりした。

2026年1月7日水曜日

人生最後の心境は?

 本願の船には乗れど、 煩悩の船のとも綱 離しかねつも。


歎異章【第十五章】の一部

いかにいわんや、戒行恵解ともになしといえども、弥陀の願船に乗じて、生死の苦海をわたり、報土の岸につきぬるものならば、煩悩の黒雲はやくはれ、法性の覚月すみやかにあらわれて、尽十方の無碍の光明に一味にして、一切の衆生を利益せんときこそ、さとりにてはそうらえ。
この身をもってさとりをひらくとそうろうなるひとは、釈尊のごとく、種種の応化の身をも現じ、三十二相・八十随形好をも具足して、説法利益そうろうにや。
これをこそ、今生にさとりをひらく本とはもうしそうらえ。

2026年1月1日木曜日

2025年12月31日水曜日

「紫袂(むらさきたもと)の柵」


 棟方志功が、妻を思って詠んだ代表歌。

「小矢部川 雪解け居るも 吾妹子(わがもこ)の 

 矢羽 根紫 袂(たもと)香(にお)ふも」

その板画:「紫袂(むらさきたもと)の柵」



2025年12月29日月曜日

ヴェネツィアを支えた専門島「ムラーノ島」

専門島が4島あり、お墓島のサン・ミケーレ島、野菜島のサンテラズモ島、漁師島のブラーノ島、そしてガラス工房のムラーノ島である。
 
 
ムラーノ島は、1000年以上まえからガラス工房専用に開発された。現在は約30軒の工房が存在している。

交易で栄えたヴェネツィアは、ガラスの原材料輸入が可能っだったので、火災の危険性がある工房をこの島に分離して設置し、製造することにした。
ガラス製造技術者が集合されたことで、ガラス製作の新しい技術が沢山うみだされた。
島にガラス職人を隔離したので、その高いガラス製造技術の流出を防止することも出来た。



わが家も、ムラーノ島を訪れたときに、男女ペアのガラス人形を買って帰った。

2100年には、海水位の上昇で島が水没する可能性があると予想されているそうだ。
チェコのボヘミアングラス工房には、ムラーノ島の技術者がかなり移動したという情報もある。