棟方志功展示室 小林コレクションを中心に
棟方志功は多くの文人との交友がありました。
歌人の小林正一氏もそのひとり。その交友は、1959年頃、小林氏が日本経済新聞の歌壇欄に棟方作品を詠んだ歌「志功描く 女の顔はいとあやし 遊女とも見ゆ 菩薩とも見ゆ」を投稿したところから始まります。この歌が第一位に選ばれたことがきっかけとなり、小林氏は荻窪の棟方の自宅を訪ね、交友が始まりました。
棟方志功は多くの文人との交友がありました。
歌人の小林正一氏もそのひとり。その交友は、1959年頃、小林氏が日本経済新聞の歌壇欄に棟方作品を詠んだ歌「志功描く 女の顔はいとあやし 遊女とも見ゆ 菩薩とも見ゆ」を投稿したところから始まります。九州工業大学時代に、私の研究室に重慶の大学の助教授が、留学生として1年間滞在していました。(昭和63年:1988)
彼が帰国後、1989年に重慶の大学でのロボット工学の講義依頼の手紙がきました。
日本の夏休み中なら可能と返事をしていましたが、6月4日に天安門事件が発生し、当然講義は中止でした。
しかし9月頃になって、今年中に是非実施したいという要望が届き、12月に1ヶ月間実施しました。
当時は訪中する人も殆どなく、空港やホテルもガラガラで、どこも歓迎ムードでした。
重慶では、大学や工場などでも歓迎され、日本企業の生産方式を学びたいという意欲が感じられました。
だから、次の論評には、大きな違和感をおぼえます。
「中国における反日教育の犯人は『江沢民』 」
最近のアンケートで、「行ってほしい美術館」は、大塚国際美術館がトップである。
私は国立西洋美術館や足立美術館には以前に行ったことがあるが、大塚や金沢など新しい美術館は、テレビでみるだけである。
大塚製薬グループが創業75周年事業として1998年(平成10年)に開館した美術館で、西洋名画等をオリジナルと同じ大きさに複製し展示する陶板名画美術館である。
延床面積は29,412m2で、現在は2007年(平成19年)に開館した国立新美術館(47,960m2)に次ぐ日本第2位である
建築費や各絵画の使用料(著作権料)などを含め、総工費400億円。
1971年、大塚グループ各社の相談役だった大塚正士の下に、末弟の大塚正富(当時大塚化学技術部長、)らが訪れ、鳴門海峡に面した砂浜で採取した砂でタイルを作る事業を提案。
1973年、タイルを製造する大塚オーミ陶業を大阪に設立するが、その年に第一次オイルショックが発生して景気が低迷。受注のなくなった大塚オーミ陶業の技術を生かすべく、陶板に絵を描いて美術品を作ることを思いつき、その技法を確立。後に大型美術陶板化に成功し、その技術の集大成と大塚グループの75周年記念事業として構想から、使用許可・完成まで10年の歳月をかけ、美術館の建設・設置に至った。
鳴門市を建設場所に選んだのは、第1に鳴門が大塚グループ発祥の地であること。第2に大鳴門橋や明石海峡大橋や神戸淡路鳴門自動車道が完成し、阿波踊り以外に特段集客能力のない徳島県に、人の流れをせき止める『ダム』の役目がある施設を、両橋が完成する前に建設したいと考えたからであった。
建設にあたり、所在地が瀬戸内海国立公園内であるため、建設許可だけで5年の歳月をかけた。景観維持と自然公園法により、高さ13m以内とするために、一旦山を削り取り、地下5階分の構造物を含めた巨大な建物を造ったうえで、また埋め戻すという難工事となった。
展示されている作品は、大塚オーミ陶業株式会社が開発した特殊技術によって、世界中の名画を陶器の板に原寸で焼き付けたものである。オリジナルの収集に拘るのではなく、自社技術を用いてふんだんに作品を複製・展示するという構想は、企業の文化事業としての私立美術館の中でも非常に特異な試みといえる。美術教育に資するべく、作品は古代から現代に至るまで極めて著名、重要なものばかりを展示しており、これらを原寸で鑑賞することでその良さを理解し、将来実物を現地で鑑賞して欲しい、との願いが込められている。
陶板複製画は原画と違い、風水害や火災などの災害や光による色彩の退行に非常に強く、約2,000年以上にわたってそのままの色と形で残るので、これからの文化財の記録保存のあり方に大いに貢献すると期待されている。 この特徴を生かし、大塚国際美術館では写真撮影が一定条件下で許可されていたり、直接手を触れられたり、一部作品を屋外に展示していたりする。
最上階にある部屋に展示されたモネの五点の『睡蓮』などはその性質を生かした好例である。
モネの希望であった白壁の広い空間に、天窓から太陽光が入り、昼間と夕方では、絵のイメージが大きく変化する。
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| 昼と夕方の差 |
もう一つの特徴として、今は現存しない作品(修復前の、レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』・戦火で失われたゴッホの『ひまわり』)や、戦災等で各地に分散されている作品(エル・グレコの大祭壇衝立)を復元するなどの試みも行われている。
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| 原画が消失したゴッホの「ひまわり」 |
板を組み合わせることで大型化にも対応でき、ミケランジェロの『最後の審判』も、オリジナルの展示環境(システィーナ礼拝堂)全体を再現した「システィーナ・ホール」に展示されている。
死ぬ瞬間、人間は何を考えているのか? 死亡間際の脳波を分析した22年の研究例 走馬灯との関連は?
ちょっと昔のInnovative Tech
中国の河南大学やエストニアのタルトゥ大学などに所属する研究者らが2022年に発表した論文「Enhanced Interplay of Neuronal Coherence and Coupling in the Dying Human Brain」は、心停止に至る過程での人間の脳活動を記録・分析した研究報告だ。
研究者たちは、脳出血により心停止に至った87歳の男性患者の死に際の脳波(EEG)を連続的に記録した。患者は転倒後に両側の硬膜下血腫を発症し、手術後にてんかん発作を起こした。その後、左脳の活動が停止し、次いで両半球の活動が抑制され、最終的に心停止に至った。
脳波分析は4つの時期に分けて実施した。発作後と左脳活動停止後、両半球活動停止後、心停止後で、それぞれ30秒間の脳波を詳細に分析した。
注目すべき点は、両半球の脳活動が停止した後、高周波のガンマ波活動が増加したことである。具体的には、狭帯域ガンマ波(30~60Hz)と広帯域ガンマ波(80~150Hz)の活動が、それ以前の時期と比較して2~5倍に増加した。心停止後は全体的な脳活動は減少したものの、ガンマ波の相対的な割合は依然として高かった。
さらに異なる脳波間の連携関係において、左脳のガンマ波活動は、α波とシータ波によって調整されていた。この調整は心停止後も継続していた。特に左脳活動停止時には、α波によるガンマ波の強い調整を確認できた。
これらの発見は、臨死体験で報告される「走馬灯」現象と関連している可能性がある。健康な人の脳でも、記憶の想起や意識的な経験には、α波とガンマ波の連携が重要な役割を果たしている。研究者たちは、このような脳波パターンが、臨死状態での最後の人生回顧を神経生理学的に支えている可能性を指摘している。
ダートマス大学のジョン・マッカーシー、ハーバード大学のマービン・ミンスキー、IBMのナサニエル・ロチェスター、ベル電話研究所のクロード・シャノン達が提出したワークショップ提案書”A Proposal for the Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence”(人工知能に関するダートマス夏季研究プロジェクト提案書)の中で、「人工知能」(artificial intelligence)という用語が初めて作られました。
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| AI(artificial intelligence)と名付けたグループ |
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| トランジスターの開発 |
| 関連機器の小型化 |
現在社会では、AIと人間のどちらが強いのかが、逐次進行してきた。
チェス、将棋、囲碁の分野で、歴史をしらべてみます。
ルールがシンプルで打ち手のパターンが少ないオセロは比較的早期に進化してきました。
1997年にIBMが開発した 「Deep Blue」というコンピュータが、当時のチェス世界チャンピオンであるカスパロフ氏に勝利したことは、世界中に衝撃をもって伝えられました。
AlphaGo(アルファ碁、アルファご)は、Google DeepMindによって開発されたコンピュータ囲碁プログラムである.
2015年10月に、ヨーロッパ王者ファン・フイ相手に互先(ハンディキャップなし)で破った初のコンピュータ囲碁プログラムとなった.
デミス・ハサビスが開発した「アルファ碁」は、2016年に
韓国のイ・セドル九段に勝利した。