わずか2678票の差で敗れた若き政治家に、田中角栄が投げかけた一言が人生を変えた。
選挙に落ちた本人よりも、周囲が心配するほど深く落ち込んでいた男がいた。
後に総理大臣となる麻生太郎である。
昭和の政界で「剛腕」と呼ばれた田中角栄は、強いリーダーシップと人を引きつける人情味で、多くの政治家から慕われていた。大きな決断を次々と下し、日本政治の中心に立った人物だった。
しかし、彼の本当の力が見えたのは、華やかな舞台の上ではなかった。
麻生が選挙で2678票差の落選を経験し、自信を失っていた頃のことだった。失意の中にいた麻生を、角栄は料亭で偶然見かける。落ち込む姿を見た角栄は、すぐに声をかけた。
「選挙は当選したら全部良かった、落選したら全部悪かったと言うが、そんなバカなことあるか!」
厳しい口調だったが、そこには若い政治家を立ち直らせようとする思いが込められていた。
「お前は悪くても8万票も取ったんじゃねえか。変えるのは全部じゃない。変えなきゃいけねえのは、8万分の2678票だ」
角栄が伝えたかったのは、失敗ですべてを否定する必要はないということだった。自分を支持してくれた多くの人の期待まで、自分自身で捨ててはいけない。麻生はその言葉を胸に刻み、再び歩き始めた。
それから約2年半後、麻生は国政へ返り咲いた。真っ先に向かった先は、田中角栄のもとだった。
「先生のおかげで当選できました」
そう報告すると、角栄は不思議そうな顔をした。実は、以前にかけた言葉を本人はすっかり忘れていたのである。事情を聞いた角栄は豪快に笑った。
「そうか、俺もなかなかいいこと言うじゃねえか」
帰り際、角栄は玄関まで見送り、最後に麻生へ言葉を贈った。
「落選したことは大きな財産だと思っておけ。お前みたいなええとこの子には、そういう経験がいい薬になる」
名門の家に生まれ、順調な道を歩んできた麻生にとって、選挙での敗北は大きな壁だった。だが、その苦しみを経験したことで、人の痛みや支えてくれる人の重みを知る機会になった。
政治の世界で頂点を極めた男が、若い後輩へ渡したのは地位でも権力でもなかった。失敗した時こそ、何を守り、どこを変えるべきかを考える力だった。
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