今日は古代史研究会平成最後の勉強会でした
邪馬台国畿内説は誤りです
倭の国と日本の出現についても良く理解できました
天皇はなぜ豊国の君なのか?
潮説ですが、香春岳が神の山である一直線理論と九工大が天皇陵である根拠
東経の確認
a. 九工大登記簿の東経は130度50分21.4秒 中心は130度50分41秒
戸畑区・香原町・赤村の地図 |
b.金辺峠(壬申の乱不破関)東経130度51分29秒
c.香春岳三ノ岳 東経 130度50分41秒
d.香春岳ニノ岳 東経130度50分31秒
e.香春岳一ノ岳 東経130度50分41秒
香原三山 |
f.香春神社 東経130度50分24秒29[移転]
g.香春神社一ノ鳥居130度50分41秒
香原神社は辛國息長大姫目命を祀る |
h.赤村卑弥呼の墓 東経130度50分53秒
https://uminohakata.at.webry.info/201805/article_4.html
i.英彦山(日子山)東経 130度50分34秒4
j.高千穂の峰 東経130度55分08秒
k.高千穂神社 東経131度18分8.3秒
l.霧島神宮 東経130度52分18秒7
m.霧島山 東経130度51分42秒
n.ビョートル大帝湾 東経131度
仁徳天皇陵に於ける宝物殿は陪塚(ばいちょう)といい、前方後円墳の円墳を上にすると右上にあたる位置になります
・九工大と明治学園は北九州の父、安川敬一郎氏が創立した明治専門学校であり仁徳陵の陪塚の位置に夜宮公園(安川邸・松本邸西日本工業倶楽部)があります
赤村の卑弥呼の墓も古墳時代特有の土器が大量に出土した場所は同じ位置です
規模は仁徳陵が墳丘長525m・高さ39.8m(後円部)で埋葬位置は後円墳部とされます
安川氏はこれを知っていたに違いないでしょう
重厚長大な機械装置産業の大企業を設立誘致するにあたり、決して破壊されることがない学府とすることで保全を試みたのではないでしょうか?
だとすると、墳丘長は1000mにも及ぶ世界最大の墳墓であることになりますね
いつの世か不明だし人為的に削られてはいますがやはり3〜4m小高い丘陵を形成しています
まさしく墳墓然としているではありませんか?
香春岳三ノ岳が金、水銀、良質な銅、磁鉄鉱、石英、水晶を産出した宝の山である採銅所を持つことはわかっています
豊国の朝廷は香春にあったのです
天皇即位に必要な三種の神器である八咫の鏡、草薙の剣は採銅所で製造され、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は香春町勾金にて作られたでしょう
天孫降臨(てんそんこうりん)の際に天照大神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に授けた鏡が御神体として祀られています
この鏡が「八咫鏡(やたのかがみ)」と呼ばれ、実物は天照大神の神体として伊勢神宮の内宮(ないくう)に奉安(ほうあん)されています
賢所にあるものはその形代(かたしろ)レプリカです
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と草薙剣(くさなぎのつるぎ)を合わせたものが「三種の神器(じんぎ)」と呼ばれます
それは天皇の正統性の証であるとされてきました
八尺瓊勾玉は御所にある天皇の寝所の隣「剣璽(けんじ)の間(ま)」に草薙剣の形代とともに安置されています
草薙剣の本体は愛知県名古屋市の熱田神宮にご神体として祀られています
本物は天皇ですら直接ご覧になることはできないのです
この全てが東経130度50分41秒を中心とする神話の世界に一直線に南北を貫く型で存在しましたし、古代史出土品リストのまとめによりますと、
鉄器(ヤジリ・刀剣・槍の刃)、青銅器(鏡・鉾・屋根の鴟尾などは福岡県に49ページ分もあるのに対し、邪馬台国機内説の奈良県には日本書紀がかかれた720年以前には1ページも満たないのは何故でしょう
九工大(明専)は天智天皇か天武天皇陵である可能性が極めて高いと考えています
もうひとつの朝廷があった筑紫国 太宰府についても理解を深めるきっかけとなりました
極めて意義のある内容の濃い2時間を過ごすことができました
北九州は凄いところです
日本として倭の国を併合し最初にスタートを切ったまさにその場所なのですから
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