明治40年に九州帝大工科大学の設置計画が出され、福岡市は東に京大福岡医科大があるので、西新町を適地としていた。しかし文部省は医科大を含め総合大学化の計画で、箱崎に決定した。土地の買収費は土地収用法により、7万円弱であった。それでも福岡市の予算の
13%をしめていた。
当時の地主の一人であった我が家の祖先は、安い土地代に泣かされたが、九大創立50周年の記念式までは、式典に招待されていた。しかし一族から九大に入学したのは、昭和20年の私が最初であった。福岡空港に近いので、騒音問題に悩まされて九大が箱崎から伊都に移転し初めたのは、
2005年からである。
福岡市の年度予算1兆円あまりの30%以上をしめる金額が買取予算になっているようだ。
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