長井長義は、日本初の薬学博士となり、近代薬学の土台を築いた人物である。
2026年7月21日火曜日
ヒロポンの運命
2026年5月22日金曜日
地下水の汚染
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh1946/7/2/7_2_110/_pdf
戦後の混乱期に、古賀町でも地下水の汚染による被害者が多数発生しました。
地元の井上医師、樫山医師などと、九大の医学部の連携研究で、汚染の原因が追究されました。
2026年5月20日水曜日
吉村昭の戦史小説
戦艦武蔵
巨大戦艦武蔵の建造からシブヤン海での最期までを追った記録文学的長編で、吉村昭の名を決定づけた代表作の一つです。海戦シーンに加え、造船所や乗組員たちの証言を丹念に集めた「戦史記録文学」として評価されています。
海の史劇
日露戦争の日本海海戦を描いた大作で、ロシア艦隊の長征の出発から東郷平八郎の死までを通して、海戦の全体像を再構成した作品です。日本海海戦の「劇的な全貌」を克明に描いた歴史・戦史小説として位置づけられています。
深海の使者
第二次大戦中の「遣独潜水艦作戦」を扱った長編で、連合軍の封鎖をかいくぐって大西洋に潜入する日本潜水艦の連絡任務を描きます。「著者最後の戦史小説」と紹介されることも多く、潜水艦戦を正面から扱った代表的な海戦小説と言えます。
幕府軍艦「回天」始末
幕末の幕府軍艦回天を軸に内戦期の海戦とその実態を追った作品で、吉村の「徹底した事実主義」による海戦描写が高く評価されています。近代海戦の前史として読むのに向いた一冊です。
残酷さとリアリズムが強い系
- 殉国 陸軍二等兵比嘉真一
沖縄戦の少年兵を描いた長編。イデオロギーを極力排し、二等兵の日常と最期を淡々と追う戦記小説。 - 戦史の証言者たち
兵士や関係者からの聞き書きをもとにしたノンフィクション寄りの戦記。太平洋戦争の各戦場の証言がメインで、吉村の取材力がよく分かる一冊。
海軍・潜水艦が舞台の長編
- 深海の使者
日独連絡のため、大西洋に潜入した日本潜水艦の作戦を描く長編。緊張感のある海戦描写と、乗組員の消耗がじわじわ来るタイプ。 - 空白の戦記
正史にあまり載らないエピソードを扱った短編集。兵站や裏方など「影の戦争」をめぐる話が多い。
🌊 近代戦争・海戦もの
- 海の史劇
主に日本海海戦を中心とした日露戦争期の海戦を描く。戦術の動きや艦隊運動までかなり細かく、海戦ものが好きなら必読。 - 幕府軍艦「回天」始末
幕末の幕府軍艦回天を通して内戦期の海戦を描く作品。綿密な資料調査と事実主義が特徴で、海戦の「現場感」が強い。
🧭 記録文学寄りの代表作
戦史小説と隣接する「記録文学」ですが、戦争に関わる代表作としては次のようなものがあります。
| 作品名 | 主な題材 | 雰囲気の特徴 |
|---|---|---|
| 戦艦武蔵 | 巨艦武蔵の建造と最期 | 徹底取材の記録文学(shinchosha.co.jp) |
| 海の史劇 | 日本海海戦などの日露戦争 | 史実重視の戦記小説調(shinchosha.co.jp) |
| 空白の戦記 | 埋もれた戦争エピソード集 | 裏面史を掘り起こす(shinchosha.co.jp) |
| 深海の使者 | 大戦中の潜水艦作戦 | サスペンス性のある長編(books.bunshun.jp) |
🌊 代表的な海戦・海軍もの
戦艦武蔵
巨大戦艦武蔵の建造からシブヤン海での最期までを追った記録文学的長編で、吉村昭の名を決定づけた代表作の一つです。海戦シーンに加え、造船所や乗組員たちの証言を丹念に集めた「戦史記録文学」として評価されています。(shinchosha.co.jp)
海の史劇
日露戦争の日本海海戦を描いた大作で、ロシア艦隊の長征の出発から東郷平八郎の死までを通して、海戦の全体像を再構成した作品です。日本海海戦の「劇的な全貌」を克明に描いた歴史・戦史小説として位置づけられています。(shinchosha.co.jp)
深海の使者
第二次大戦中の「遣独潜水艦作戦」を扱った長編で、連合軍の封鎖をかいくぐって大西洋に潜入する日本潜水艦の連絡任務を描きます。「著者最後の戦史小説」と紹介されることも多く、潜水艦戦を正面から扱った代表的な海戦小説と言えます。(books.apple.com)
幕府軍艦「回天」始末
幕末の幕府軍艦回天を軸に内戦期の海戦とその実態を追った作品で、吉村の「徹底した事実主義」による海戦描写が高く評価されています。近代海戦の前史として読むのに向いた一冊です。
2026年5月17日日曜日
百寿の祝賀会
大正三年生まれの古賀作一さんは、安倍晋三総理から表彰された。
R8.5.10.には、SJR千早のゲスト会場で、子供、孫、ひ孫たちが集まって、100歳の祝賀会を行ってくれた。
2026年5月4日月曜日
大正15年~昭和2年の政治
私は大正15年 5月に生まれ、今月で満100歳をむかえる。
大正15年の政治状況を一言でまとめると、AIは次の回答をしてきた。
- 政党内閣と議会政治が形式的には最も完成していた
- 同時に無産政党の誕生などで政治が大衆化し、右も左も多党化が進んだ
- 皇位継承と昭和への改元を控え、体制の先行きには不安も滲み出ていた
という「大正デモクラシーの最後の一年」でした。
田中義一が内閣総理大臣就任

1927年(昭和2年)3月、第1次若槻内閣のもとで全国各地の銀行で取り付け騒ぎが起こった。
若槻内閣は同年4月17日に総辞職を表明し、代わって立憲政友会総裁の田中が4月20日に組閣した。田中内閣には元総理や次の総理を狙う大物政治家、そして将来の総理や枢密院議長などが肩を寄せ合い、大物揃いの内閣となった。
- 内閣の主な顔ぶれ
- 外務大臣:田中義一(兼任)
- 内務大臣:鈴木喜三郎 → 後に第7代政友会総裁
- 大蔵大臣:高橋是清 → 元第4代政友会総裁・第20代内閣総理大臣
- 陸軍大臣:白川義則
- 海軍大臣:岡田啓介 → 後に第31代内閣総理大臣
- 司法大臣:原嘉道 → 後に第19代枢密院議長・第13代枢密院副議長
- 文部大臣:三土忠造 → 後に政友会正統派総裁代行委員のひとり
- 商工大臣:中橋徳五郎
- 逓信大臣:久原房之助 → 後に政友会正統派総裁
- 鉄道大臣:小川平吉
- 法制局長官:前田米蔵 → 後に翼賛政治会筆頭総務
- 内閣書記官長:鳩山一郎 → 後に自由党(政友会正統派の流れを汲む)総裁、初代自民党総裁、第52〜54代内閣総理大臣
蔵相に起用された高橋是清は全国でモラトリアム(支払猶予令)を実施し、金融恐慌を沈静化した。
この時代から、吉田茂や鳩山一郎の名前が出てくるのは、驚きであった。
神仏習合
日本の宗教観は多神教の部に属する。
最初は神道がおこる。地球の地震多発地で、巨岩や高瀧などが発生し、これらは神の姿とあがめられた。
しかしその後も大地震が発生し、多くの被害や死者が発生したので、大陸から伝わった仏教の仏様に、救いを求めた。
そして神と仏は融合していき、無常観の心で、生きてきた。
2026年4月26日日曜日
羽田沖JAL墜落事件
JALが羽田沖海岸に墜落事故を起こし、多くの犠牲者がでた。
機長がノイローゼになっていたのが、原因であった。
西部電機の田嶋部長が、乗客であったが、亡くなった事故でもある。
その時の副操縦士は、江崎という人物で、機長のおかしな操縦にかなり反抗したそうだが、事故となってしまった。
彼の母は江崎姓だが、ドイツ人で留学中の江崎教授と結婚し、日本人となった人物人物で、福岡女子大のドイツ語教師をしていた。
我が家の二三子夫人もその教えをうけていたという。







