JALが羽田沖海岸に墜落事故を起こし、多くの犠牲者がでた。
機長がノイローゼになっていたのが、原因であった。
西部電機の田嶋部長が、乗客であったが、亡くなった事故でもある。
その時の副操縦士は、江崎という人物で、機長のおかしな操縦にかなり反抗したそうだが、事故となってしまった。
彼の母は江崎姓だが、ドイツ人で留学中の江崎教授と結婚し、日本人となった人物人物で、福岡女子大のドイツ語教師をしていた。
我が家の二三子夫人もその教えをうけていたという。
その子供さんは、JALのパイロットで、羽田沖墜落事故の時の副操縦士であった。
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