2026年4月23日木曜日

織田家;豊臣家:自害の5月

 

「昔より 主を討つ身の 野間なれば 

    報いを待てや 羽柴筑前」辞世の句・最後の言葉

織田信孝   1583年5月 自害

  • 「野間」は、平治の昔に主人である源義朝が裏切り者に討たれた場所であり、信孝はここに幽閉され自害しました。この地名を用いることで、裏切り者への報いを待つという強い意志が込められている。
  • 「羽柴筑前」は豊臣秀吉を指し、信孝の敵に対する感情や、戦国時代の複雑な権力争いの中での無念さを表現している。

信孝の心情

信孝は、父・信長の死後、織田家の後継者として名乗りを上げたが、秀吉の策略に翻弄され、最終的に自害を選びました。辞世の句には、恨みや悔しさを抱えつつも、自らの生き方に誇りを持ち続ける強い意志が感じられます 。この句は、戦国時代の荒波の中で、忠義と誇りを貫いた信孝の生き様を象徴しています。


 秀吉の息子 秀頼 : 1615年 5月 自害

5月に揃えたのは、家康だという磯田さん。


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