2015年7月10日金曜日

三島由紀夫の自決(蓮田善明・神風連・江藤小三郎)(改訂版)

三島由紀夫
三島由紀夫と九州の縁は薄いと思っていたが、三島の才能を最初に見出したのは、熊本県植木出身の蓮田善明(国文学者、文芸評論家)であったという。
しかも三島の自決行動は、蓮田善明の思想と行動に共感してのことらしい。
蓮田善明
さらにその思想の源流をたどると、熊本の神風連の思想に由来すると、評論家は書いている。
また佐賀県出身の江藤新平の曾孫、江藤小三郎の自決事件にも大きく影響をうけたようだ。

1)蓮田善明:
彼はは敗戦直後の8月19日、応召さきのマレー半島ジョホールバルの連隊本部の玄関前で、
「敗戦の責任は天皇にある」と訓話した連隊長中条豊馬大佐を射殺し、自らもピストルで自決をとげた。
三島も自決の数日前に、最近は蓮田さんの気持ちがよくわかると言っていたそうだ。二人の享年は41と45である。
蓮田の先輩森本忠が書いた「神風連のこころ」の書をよんで、蓮田は共感の書評をかき、三島も神風連について熊本まで取材にきて、著者の森本を訪ねて、語り合ったようだ。

神風連の取材にきた三島

蓮田家は、元々浄土真宗の流れをくむ寺の住職だった。その子供の善明が自決したとき、子供の大二は熊大医学部産婦人科の研究生だったが、キリスト教の神父らが開設した慈恵病院に勤務するようになり、その後その経営を引き受けた。
その後、親が養育できない子供を匿名で託すことができる
「こうのとりのゆりかご」を創設した。現在はその子の健さんが、経営を引きっ次いで、運営されているので有名だ。




2)江藤小三郎:
彼は思想家、陸上自衛官で、1969年2月11日、建国記念の日に国会議事堂前で、人知れずガソリンをかぶり焼身自殺をした。その覚醒書がのこされている。
その翌年の三島由紀夫の自決に少なからず影響したという。
小三郎は、明治の司法卿、江藤新平の曾孫であり、新平と小三郎とは、梟首刑と自決の差があるにしろ、奇しくも同じく世間に死をもって警鐘を鳴らすこととなる。


現在、真の憂国烈士の侍は、安保闘争以来、昨今の国際的政局紛糾の割りには、覚悟・実践という意味で、不在であると思う。
わが老体もこのような歴史上の人物を敬愛する気持ちはあるが、己もそう行動できるかといわれれば、不可能だ。
三島由紀夫的に喩えると、無機質な人間であり、歴史以下の人間であると自覚している。


「神風連と三島由紀夫」 (上田貴夫)

三島は、1966年8月に熊本を訪れ、精力的に神風連史跡の調査をした。のちに「三島由紀夫剣と寒紅」を書く福島次郎が付き添い、三島のその並々ならぬ神風連志士遺体検視日誌に対する興味などから三島の血への嗜好を鋭く嗅ぎとっている。三島は神風連について「西洋に対する日本の最期の果敢な抵抗として、文明史的意義を有する」と書いている。それは、「僕の天皇に対するイメージは、西欧化への最後のトリデとしての悲劇意志であり、純粋日本の敗北の宿命への洞察力と、そこから何ものかを汲み取ろうとする意志の象徴です」という発言にまっすぐつながっている。神風連は、敗北の運命にある、それゆえに日本文化の象徴として捉えられたのである。神風連は、「豊饒の海」第二巻「奔馬」で神意に則って行動した志士の悲愴美に彩られた生死の運命として描かれている。

明治維新後の不平士族の乱(佐賀、神風連、秋月、萩、西南戦争)のどこに三島は共感したのだろう。
三島由紀夫(平岡公威)が学習院中等科5年のとき、「花ざかりの森」という小説を書き、雑誌「文芸文化」に発表された。これは学習院の国語教師だった清水文雄の推薦によるものだった。
清水文雄は熊本の五木村出身で、おなじく植木町出身の蓮田善明と共に広島高等師範で学び、「文芸文化」を創刊した文学の同志だった。蓮田善明はその発行兼編集人を務めていた。
蓮田は、この少年は悠久な日本の歴史の申し子で、古典文学の精神の継承者だと、絶賛していたという。
その直筆原稿が行方不明だったが、最近蓮田家で確認され、くまもと文学・歴史館に寄贈されたという。

蓮田家は、元々浄土真宗の流れをくむ寺の住職だった。その子供の



 昭和45年(1970)11月25日、三島由紀夫、森田必勝の両烈士が、市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監の総監室で自決した。
 日本の敗戦後、アメリカに隷属したまま、自らの意思で自らの国の行く末を考えなくなった日本人。アメリカに従っていれば、経済的充足を得られ、そこに安住しつづけた結果、どうなったか。その日本と日本の精神の在り方を問いただすため、日本国民の覚醒を求めて、両烈士は自決したのだ。
横浜市鶴見区にある鶴見神社。ここは旧東海道沿いにあり、明治になってからは鉄道線路わきにあった神社。ここに三島、森田両烈士を祀る末社「清明宮」がある。
神として祀られている両名だが、やはり市ヶ谷で護国の鬼神となっているのだろう。



0 件のコメント:

コメントを投稿