昨夜の大河「黄昏」では、秀吉が上杉景勝に、突如として会津移封を懇願する場面があった。
しかし会津の蒲生氏卿が1995年に死亡して、その子秀行が相続したが、家老の蒲生卿安と対立してお家騒動となり、郷安を加藤清正にあずけて朝鮮出兵に従軍させてしまった。
これに秀吉は立腹して、1998年に秀行を会津の5分の1の石高しかない宇都宮に改易し、その後を上杉景勝に託したのである。
これはかなり大きな人事異動であったが、大河では、耄碌秀吉の姿で簡単に扱われていた。
真田と縁の遠い人の話は、皆こんな扱いになっていまうらしい。
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