NHKで、奈良の春日大社、若宮の遷宮の儀式が生中継された。若宮の御神体と国宝の宝物類が、新築の若宮本殿まで
150mの距離を、1時間くらいかけて移動された。(下図の黄色い線)
深夜に行われる儀式のため、映像は部分的で、雅楽と祝詞と警ヒツ(先払いの声) の音響がメインの生中継であった。
神社の社殿と、寺院の堂塔は一般に共通の認識をもって同じように見られがちだが、そこには理念上、根本的な相違が存在する。
「建物を残す」つまり保存するという部分における「発想の違い」がある。たとえば法隆寺の五重塔などは、ゆうに1300年の時を経て今に残っている。
対照的に社殿は腐朽することを覚悟で建て直すことを原則としている。
法隆寺は資材においては、保存に適した最良の工夫をして、当時の最先端の技術を駆使して建造された。
時代が移って、かりに新築・改築が行なわれるにしても、とにかく長年にわたりその建物を残していこうという建築学における一般的な発想がそこにはある。
法隆寺は資材においては、保存に適した最良の工夫をして、当時の最先端の技術を駆使して建造された。
時代が移って、かりに新築・改築が行なわれるにしても、とにかく長年にわたりその建物を残していこうという建築学における一般的な発想がそこにはある。
しかしお宮、お社の場合、とくに神宮では、先端の、というのではなく、古代さながらの様式で、たとえば腐るのが当然の掘立柱を立てて造営する。
20年に一度、徹底して同じ素材、変わらぬ工法で、古代の形式に忠実に則って新しくしていく。
それは、〝変わらざるものを改める〟という発想なのである。
そこには日本人特有の宗教感覚、精神性が垣間見える。
「命あるものはすべて老い、衰える。しかし神道における考え方では、命をふたたび〝若返らせる〟〝蘇らせる〟という考えが息づいている。〝繰り返す〟という文化で、しかも形式的に忠実に、ということを重んじる。
現実には建物よりも、祭りを長らえさせる、祭りを繰り返さす、この祭りの文化、儀礼の文化を繰り返す、そこに重心がおかれている。
そこには日本人特有の宗教感覚、精神性が垣間見える。
「命あるものはすべて老い、衰える。しかし神道における考え方では、命をふたたび〝若返らせる〟〝蘇らせる〟という考えが息づいている。〝繰り返す〟という文化で、しかも形式的に忠実に、ということを重んじる。
現実には建物よりも、祭りを長らえさせる、祭りを繰り返さす、この祭りの文化、儀礼の文化を繰り返す、そこに重心がおかれている。
なま中継の雅楽は、千年前の音響が現在もそのまま伝えられているそうで、太古の時代に生きている感覚にさせられた。
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