古代で西方の嶋を筑紫(竹斯)嶋となずけた。
昨日の郷土史研究会で、別の発表は宮地嶽古墳の巨石のふるさとでした。北部九州の地質地図を詳細にしらべ、添付地図の左上にあたる「恋の浦の北端の千畳敷岩」付近の重箱岩という調査結果でした。いまでも巨石がごろごろ存在しているようです。この渡半島付近の岩礁帯は、堆積岩で形成されており、海食崖と波積棚が大きく、また珪化木や化石が出るところです。
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