この神社の御神木である椰(なぎ)御守をいただけば、いつも全ての悩みをなぎ倒すと言われている。
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椰の葉の入ったお守り 熊野若王子神社から大豊神社参道までは琵琶湖疏水分線が山裾に沿って流れており、疎水の山側は自然の森となっており、対岸側に桜並木がる。そのため春は桜、秋は紅葉が美しい区間である。それより北側は両側が住宅地となり、疏水の両岸に桜並木が植えられている。歩道も東側にもある場合があるが、よく整備されているのは西側だけである。桜の季節や紅葉の季節には多くの観光客でにぎわう。 |
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桜の季節 |
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雪の季節 |
道は銀閣寺道バス停付近の白川通今出川交差点まで続く。
明治の頃、文人が多く住むようになり「文人の道」と称されていた。その後、京都学派の哲学者・西田幾多郎や田辺元らが散策したため「哲学の小径」と云われたり、「散策の道」「思索の道」「疏水の小径」などと呼ばれた。
1972年(昭和47年)、地元住民が保存運動を進めるに際し、相談した結果「哲学の道」と決まりその名前で親しまれるようになった。日本の道100選にも選ばれている散歩道である。
道の中ほどの法然院近くには、西田が詠んだ歌「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」の石碑がある。
私が始めて歩いた昭和27年頃は、まだ石碑などなにもなかったが、哲学的情緒だけは、充分あった。
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