令和3,4年の年間総死者数が、2000年代の線形近似予測線より急増し、令和5年1月もさらに増えているようだ。
人口が大変多い団塊の世代の人々が、70歳以上という「死にやすい年齢」に既に達していた日本は、コロナとは関係なく年間死亡死者数はどんどん増加するという宿命を元々持っていた.
団塊の世代まで後期高齢化者に入りはじめ、高齢者社会の終期現象であろう。
それでも、100歳以上の生存者が、9万人以上いるそうだ。
98歳の私も100歳を目標としているが、やがて死者の仲間入りの覚悟と準備を急ごう。
養老先生は、医師として患者を看取るのを避けて、死者を対象とする解剖医学を専門にえらんだそうだ。
私も医学を志望した時期もあったが、人の死へ関わりをおそれて、工学に志望をかえた。
3人称の死は、新聞告知でみる他人の死。2人称の死は、夫婦、親子、兄弟など身近な人の死、1人称の死は、自分の死。
これは養老先生の分類定義で、1人称の死は「なるようになる」という。同感である。
先生の死体験は、体重が10Kgも減ったので、病院に出かけたら、検査の結果、心筋梗塞で即入院させられ、全身麻酔による施術、2週間後に退院できたそうだ。麻酔による死亡体験であった。
98歳の私も1人称の死を体験している。
昨年3月にリハビリ教室で、口腔機能の訓練中に失神し、死に直面した。病院隣接の教室だったおかげで、緊急対応が出来て蘇生できたが、一度死を経験したことになる。
この死は、椅子に腰かけて首を左右に大きく回す運動の途中で、苦痛もなにもなく、急に眠りに落ち込んだような、理想的な死であった。
後ろで支えていた言語聴覚士の女性は、急に倒れた私に驚いて、近くに居たリハビリ指導者とともに介護室に運んでくれたらしい。駆け付けた医師の応急手当と、緊急入院・検査。心筋梗塞の薬調整などで、1週間後に退院できた。
志望原因の分類は、1位が癌病、2位が心臓病、3位が老衰という。
家内は癌と心臓を克服し、今は老衰に向かっている。私は癌はパスして、心臓と老衰。家内の弟は今2か所目の癌手術をうけ、治療中である。
癌や心臓病は則死亡のイメージであったが、今ではその治療技術も進歩して、回復した事例を多く聞くようになっている。
老衰だけは、幹細胞の機能低下であるから、治療の方法もなさそうだ。
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