2021年7月24日土曜日

東京五輪の三大アリーナの建築構造(改訂版)

今回の東京五輪・パラリンピックのために新設された大規模施設は、「国立競技場」が有名で、いろいろニュースになった。最終的には屋根の中央部がなくなり、また多くの木材を使うなど、特殊な建築となった。


そのほかに3つある。これらはいずれも屋根で覆われた全天候型の競技施設で、関係者の間では「3大アリーナ」とも呼ばれている。

4,5,10が三大アリーナ

3大アリーナは「東京アクアティクスセンター」「有明アリーナ」「有明体操競技場」の3つだ。今回はそれぞれの「造り方」に着目しつつ、見どころを紹介する。

東京アクアティクスセンター





1つ目の「東京アクアティクスセンター」は、江東区の「辰巳の森海浜公園」内にある(東京都江東区辰巳2-2-1)。五輪・パラリンピックともに水泳の競技会場となる。発注者は東京都。大会時の席数は約1万5000席で、大会後は4階観客席の大部分を撤去し、約5000席に減らす。

(丹下健三が設計した国立代々木競技場第一体育館は、1964年東京五輪の水泳会場として建設され、以降は「体育館」としての競技利用やコンサート開催など多目的施設として親しまれている。

20年東京五輪ではハンドボール、パラリンピックでは車いすラグビーとバドミントンの会場となる。第一体育館の耐震改修に当たっては、入念な調査・検討を要した。)

 基本設計を山下設計が手掛け、実施設計と施工は大林組・東光電気工事・エルゴテック・東洋熱工業JVが担当した。整備費は大会後の改修費も含め567億円(工事費はいずれも2019年時点)。

地上で屋根を造ってリフトアップ

 建物の形は、「四角すいの上部を切断してひっくり返し、それを2つ重ねた形」といえば伝わるだろうか。屋根は約130m×約160mの長方形で、ほぼフラット。この施設のポイントは、この大屋根をどうやって架けたかだ。

大屋根は四隅にある「コア柱」の上に載っている。普通は柱を建ててから屋根を架けるが、ここでは屋根を造りながら柱も建てた。

加えて、「屋根免震」という方法を採っているのも珍しい。屋根免震とは、地震の揺れを軽減する「免震装置」を、通常のように建物の足元に入れるのではなく、柱の最上部、屋根との間に入れる方法だ。この施設では、屋根に伝わる地震の加速度が80%カットされ、建物の骨組みを軽くすることができた。前述のリフトアップも当然、屋根が軽い方がやりやすいので、屋根免震と併せて検討された。それでも屋根の重量は7000トンに上る。





 どういうことかというと、屋根を「屋根の高さ」ではなく、地上に置いて造ったのだ(「地組み」と呼ぶ)。基礎工事が終わった後、ただちに地上部で屋根の鉄骨を組み始める。屋根製作と並行して柱も建てる。両者の骨格ができた段階で、屋根を上に持ち上げる。4本のコア柱に各8本のワイヤを設置し、屋根を一気に吊り上げる。「リフトアップ工法」と呼ばれる手法だ。これだけ大きな屋根を一度にリフトアップするのは珍しい。しかも持ち上げてからの撓みを予め計算して、中央部を膨らませた骨組みにして、最終的には水平な屋根にしている。

持ち上げ前

持ち上げ後


2つ目の「有明アリーナ」(東京都江東区有明1-11-1)は、オリンピックではバレーボール、パラリンピックでは車いすバスケットボールの会場となる。
有明アリーナ



発注者は東京都。大会時の席数は仮設を含めて約1万5000席。基本設計を久米設計が手掛け、実施設計と施工は竹中工務店・東光電気工事・朝日工業社・高砂熱学工業JVが担当した。整備費は約370億円。

 この建物の特徴は、瓦のように中心がへこんだメインアリーナの屋根。この屋根も工期短縮のためにユニークな造り方を採用した。一方向で組み上げてから水平にスライドさせる「トラベリング工法」と呼ぶ手法だ。

片側で屋根を造って水平移動


屋根の移動作業
移動する部分の屋根

この方法だと、屋根を造りながら壁を造ることができる。具体的には、敷地南側のサブアリーナの躯体上に構築した仮設構台で屋根架構を組み、屋根と壁がある程度できたところで北側にスライド移動させる。これを10回繰り返して屋根を架けた。


 そして、この施設も東京アクアティクスセンターと同様、「屋根免震」を採用して、建物の重量を軽くしている。

最後は、「有明体操競技場」(東京都江東区有明1-10-1)だ。

 
有明体操競技場


3大アリーナの中では、これがデザイン的に一番目を引くのではないか。オリンピックでは体操競技、パラリンピックでは「ボッチャ」の会場となる。

 観客席数は約1万2000席。日建設計が基本設計、清水建設が実施設計と施工を手掛けた。清水建設の技術アドバイザーとして、斎藤公男・日本大学名誉教授が参画している。建設費は約205億円。

 発注者は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会。先の2つは東京都なのになぜこれだけ違うかというと、この施設は「仮設建築」という前提だからだ。仮設といっても大会後にすぐ壊すわけではなく、閉幕後は東京都が展示場として10年程度活用する。

 これも屋根の架け方が独特だ。

国立競技場の屋根架構は木造に見えて鉄骨造だ。

国立競技場

それに対して、この屋根の梁は木造だ。国産カラマツの湾曲集成材を使用している。張弦梁(ちょうげんばり)による木造梁のスパン(支柱間の距離)は約90mに及び、木造梁のスパンとしては世界最大級。「張弦梁」とは、木を金属の棒で引っ張り、弓のようにしならせた梁のことを言う。

この梁も工期短縮のため、地上で造ってリフトアップした。東京アクアティクスセンターのように、全体を一気にリフトアップするのではなく、2スパン分(アーチは3本)の張弦梁を1ユニットとし、5回に分けてリフトアップする方法を採った。 1ユニットの重量は約200トン。屋根の総重量は約1800トン。東京アクアティクスセンターの7000トンと比べると、いかに軽いかが分かる。木造の今後の可能性を広げる建築だ。

 この施設では、屋根架構以外にも木材を多用している。印象的なのが2階屋外コンコース。客席の床裏に当たる部分だ。ここは段床に沿って国産スギによる外装が連続する。80mm角のスギ材を並べたものだ。





残念なのは、建築的目玉である屋根の木造梁が、客席から見ると、木なのか鉄なのか、よく分からないこと。ここまでやるならば天井部分も板張りにすればいいのにと思ったが、「仮設建築」なのでそこまでの費用はかけられなかったのだろう。鉄骨造である有明アリーナの屋根の方が客席からは木造っぽく見えるのが皮肉だ。木造の可能性を広げるとともに、木造のデザインの難しさを示す建築でもある。


造り方とデザインを並行して検討

 3大アリーナを見てきた。3つに共通するのは「工期短縮」を重要課題として、設計段階から「造り方」と「デザイン」を並行して考えたこと。それに加えて、隈研吾氏のような著名建築家が関わっていないことだ。スター不在の「チーム力」でつくったボトムアップ型のデザインといえる。

 おそらく、何も知らずに中継映像を見たら、「地味だな」くらいにしか思わないだろう。だが、こうした造り方だったと知れば、競技施設自体にも興味が持てるのではないか。この機にほんの少しでも興味を持ってほしいのである。客席のほとんどが使われない可能性があるこれらの建築を、「つくる必要のなかった建築」として鬼っ子のように扱い続けるのは、二重の意味でもったいない。「SDGs(持続可能な環境目標)」が叫ばれるこの時代に……。

(日経ビジネスおよびTVより)

追記:日本武道館の改修



本館(地下2階地上3階建て延べ2万1133㎡、高さ約42m)の改修工事では、日本武道館のシンボルと言える八角形の大屋根を、その形から“たまねぎ”と呼ばれる擬宝珠(ぎぼし)などの外観はそのままに、全面的に葺(ふ)き替えた。
半世紀を経て緑青色へと変化した銅板は、今回の改修で同じ緑青色のステンレスに葺き替え、荷重軽減、腐食防止、防災性を向上している。
柔道、空手の競技がおこなわれる。

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