久住高原に出かけたが、その西にある産山村(うぶやま)は、ヒゴタイで有名だが、さらに歴史のある村である。
ヒゴタイ |
神武天皇ゆかりの阿蘇神社の四の宮があり、近年西安で発見された日本人留学生の墓碑の「井真成」の出身地の候補地にもなっている。
井真成は19歳で8次遣唐使船に乗り込んだが、九州出身者のため、随伴者名簿にのせられていない。
しかし唐では周の有名人と同姓ということで、玄宗皇帝に目をかけられ、尚衣崩奉御まで栄達していたらしい。
阿蘇郡には、井姓が多いらしいが、特に産山村は「井」姓が多く、16%を占めており、村長、商工会長、青年部長、婦人青年部長なども井さんである。
テレビのお名前番組でも、「井」さんが登場した。一文字で、ローマ字では「I」、チケットなどに「II」とかかれて混乱することがあるそうだ。井の中に点を打って丼にされたりするいたずらもあるそうだ。
古賀市の埋蔵文化課にも井さんがおられる。七俵公園の発掘調査の報告でお世話になったが、同じような苦労をされているのかな。
歴史的には、近年遣唐使で中国に派遣され、現地で病死した井真成の墓が発見され、有名になった。昔からあった苗字らしい。
対馬にも井姓が多く、元寇の時代に派遣された武士もいたらしい。
加藤、細川時代には、士族として働き、家紋が八角であることは、熊本の菊鹿町の八角堂跡や、小郡の上山田遺跡の八角基壇が連想される。
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