野上 弥生子(のがみ やえこ、本名:野上 ヤヱ〈のがみ やゑ〉、旧姓:小手川、1885年〈明治18年〉5月6日 - 1985年〈昭和60年〉3月30日)は、日本の小説家。大分県臼杵市生まれ。
フンドーキン醤油の創業家に生まれた。14歳の時に上京し、明治女学校に入学する。1906年に夏目漱石門下の野上豊一郎と結婚した。
漱石と直接会うことは少なかったが主に書簡を通じて指導を受け、1907年、漱石の推薦によって『ホトトギス』に『縁』を発表し、作家デビューを果たした。
漱石から受けた「漫然として年をとるべからず文学者として年をとるべし」という言葉を「生涯の御守り」とし、99歳で死去するまで現役の作家として活躍した。法政大学女子高等学校名誉校長も務め、「女性である前にまず人間であれ」の言を残した。
代表作『迷路』(めいろ)は、野上弥生子の長編小説。昭和10年代の日本(東京、軽井沢、大分)と中国を舞台に、左翼運動に身を投じ弾きだされた青年の、さまざまな葛藤を描いた作品。社会の上層階級の人々の動きも随所に描き込まれ、戦争そして敗戦へ向かう時代を重層的に描いている。
1936年から雑誌『中央公論』(1936年11月『黒い行列』)に書き始められた(『中央公論』1937年11月)が戦争で中断、戦後1948年10月第1部刊、執筆が再開され雑誌『世界』1949年1月-1956年10月に連載、1956年に完結した。
雑誌「世界」を愛読していた青春時代の記憶にのこる小説であった。
ご主人の著作の英和辞典も愛用していた。
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