2021年5月2日日曜日

クールベの近代性

今日の日曜美術館で、クールベの作品が取り上げられた。

19世紀の絵画史において、クールベはたしかに一人の英雄として取り上げられ、そのたくましい反逆精神のゆえに、後の印象派の若者たちに、おおきな影響を与えた。 

自画像

しかし絵画を造形的に見た場合、彼の作品はそれほど革新的ではなく、むしろ取り上げた主題とその扱い方が、当時の社会に対し、革命的であったといえる。

オルナンの埋葬

アトリエ

クールベの代表作の上の二つの絵は、社会を描こうとしたものである。彼は若くして社会に関心をもち、社会主義者に学び、自分は生まれながらにして共和主義者であると称した。絵の中に社会の多彩な動きをする寓意像を登場させ、共和制を無残に踏みつぶしたナポレオン3世時代の社会に反抗した。





波や海岸など自然の風景画も多くかいているが、その描写手法はすこぶるアカデミックな正統的な画法である。
1870年パリ・コミューン(コミューン美術委員会議長になっていた)に参加し、ヴァンドーム広場の円柱破壊事件の責任を問われて逮捕され、莫大な費用の支払いを命じられ、亡命後失意のうちに亡くなったのは、残念である。

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