2011年8月24日水曜日

筑前の大人物(更新)

明治維新では、薩摩、肥前から大物政治家が輩出したが、筑紫からは保守的黒田藩の影響で、名をなした人物は皆無であった。

広田弘毅銅像
昭和以降はじめて総理になった広田弘毅は、戦犯となって悲劇の最後をとげた。中野正剛も敗戦前に東条と対決して割腹自殺をはかったし、後輩の緒方竹虎は総理目前で病に倒れた。

自民党最後の総理となった麻生太郎は、短命の幼稚内閣で自民党をつぶしてしまった。

現在自民、民主を見渡しても、総理をねらえるような人物は見あたらない。
また次の総理候補の顔ぶれをみても、日本の復興・再建をリード出来そうな人物は無さそうだ。

財界に目を転じると、国や公共のために、多額の寄付や事業をした財界人がいる。
戸畑に明治工業専門学校(現九州工業大学)を設立した安川・松本兄弟、 久留米に石橋美術館を設立した石橋家、宗像に大学敷地を寄付た出光家などがある。
安川敬一郎
現在では、ソフトバンクの孫正義社長がいる。
東日本大震災に個人で100億円を寄付し、引退するまでの役員報酬の全額寄付も表明、過去の財界人よりもはるかに多い金額で、世間の度肝を抜いている。
しかも、3/11の日本の災害でおきた電力不足をおぎない、ポスト原発を実行するため、創業以来はじめて本業とは違う『太陽光発電事業』の推進に力を入れると表明した。
本業のソフトバンクは増収増益で順調だが、片や目の前で嘆き苦しむ人たちが大勢いる中で、自分たちだけ利益を出し続けていていいのかと非常に疑問を抱き決心したという。


政治家以上に救国の精神である。かって森鴎外が小倉時代に、九州の炭鉱事業主たちが豪遊しているのを目にして、「われをして富人たらしめば」の一文を新聞に投稿し、警鐘をならしたというのを思い出す。

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