2022年5月31日火曜日

邪馬台国の大和説

 邪馬台国の大和説の中心によく比定されるのは、箸墓古墳と纒向遺跡である。



箸墓古墳は、奈良県桜井市箸中にある古墳で、形状は前方後円墳。実際の被葬者は不明だが、日本書紀に2回出てくる記事から、宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓に治定(じじょう)されている。宮内庁管理で発掘調査はされていない。
纒向遺跡は、奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯にある、弥生時代末期から古墳時代前期にかけての集落遺跡。2000年までに100回ほど発掘調査がされたが、環濠などはなく、東西に長く傾斜があり、遺構や倉庫あとやまとまった居住地区も見当たらない。
ヒミコは女王であったが、百襲姫命は大物主神の妻であった。
ヒミコの女王國の南には、男王の支配する狗奴国があって対立していた。大和説の人はこれを東側におきかえて、尾張説で説明している。後漢書では、女王國より東、海をわたること千里余りに、拘奴国があり、女王に属さず、とある。
その他古代史文献学者平野邦雄先生が整理された基礎的基礎事項が多々あり、これを無視して邪馬台国大和説をとなえるのは難しくなっている。
最近では、関西地区の歴史・考古学者にも、邪馬台国大和説に疑問をもつ人が増えているいるようだ。

2022年5月29日日曜日

昭和初期の思い出:紙芝居などと、古賀町

 大正15年生まれの私の幼年期の思い出。

私が生まれそだったのは箱崎町で、その歴史は次のブログに書いている。

西方浄土筑紫嶋: 九大と箱崎の歴史(改訂版) (ereki-westjapannavi.blogspot.com)

当時の日常生活は、つぎのとおり。

電灯は定時制で、夕方6時ごろ自動的にパットと点灯した。

その他の電機品はまったくゼロ。水道もガスもない。

家をでれば、すぐ砂浜と海があり、遊び場には不自由なし。

わが家の横の通路に紙芝居がくるので、家の窓から見えるが、得意であった。



当時は知らなかったが、日本はアジアではタイ国とならんで、ただ2国だけが、独立国だった。その他のくには、欧米の植民地支配の状態だった。


しかし国の財政は苦しく、国民生活も次第に戦時体制にむかっていた。
町やむらも財政難で、古い建築物の再利用が当たり前であった。

日米戦争になり、敗戦してどん底生活のなかで、社会人となり、八幡の電気メーカーに就職して、20数年を黒崎地区で、社宅生活をした。
昭和45年に、やっと持ち家の建設を、古賀町で実現した。

古賀町の役場の建築も、福岡市の古い消防署の解体材を再利用して建てられたという。

私が古賀町に入居したのは、昭和45年で、今の市役所(当時はまだ町役場)になったのは、昭和46年である。



2022年5月26日木曜日

和気清麻呂と天平の女帝孝謙称徳

 岡山県和気にある英国庭園の近くに和気神社がある。



和気神社は、和気清麻呂、和気広虫の姉弟を祀っている。







称徳天皇の時代、歴史として語り伝えられる称徳天皇は、悪評紛々である。
女帝は、寵愛する道鏡を次の天皇として即位させようとした。
それを勇敢に阻止しようとしたのが和気広虫と和気清麻呂の姉弟であった。
清麻呂は、道鏡の即位を認めないという宇佐神宮の神託を都に持ち帰り、道鏡の野望を打ち砕こうとした。
ところが、姉弟は、称徳天皇と道鏡の怒りをかい、それぞれ「狭虫」「汚麻呂」と名前をつけられて流罪となった。
しかし、結果的にこの二人が皇統の統一性を守った功績は大きかった。
これが、かつて、藤原氏が作り挙げた、「歴史という物語」であった。

この物語りは、近代日本でも、「万世一系」の皇国史観の根幹を揺るがす一大事件として喧伝され、歴史的な真実として信じられてきた。その影響は、戦後日本にも及んでいる。




これに対して、この作者玉岡かおるは、和気広虫を、藤原氏が捏造した「歴史という物語」から解き放つことにした。そして広虫に、称徳天皇の死の真相や、天皇と道鏡の関係を探らせる役割を与えている。作者の期待に応えた広虫は、称徳天皇を主人公とする、美しい物語の種を見つけだすことに成功したのである。
新たな物語に作者が登場させたのは、歴史の桎梏から開放された広虫だけではない。
女帝の警護にあたっていた、隼人の若者たちの清々しさ。権力欲に取り憑かれた藤原氏とは対照的に、隼人達の心は純白で、美しい。この溌剌とした心を救い上げ、検証しながら、作者は「捏造された歴史」を粉砕する「美しい物語」を紡ぎあげていく。
隼人を新しい歴史の担い手として称徳天皇と作者の澄み切った構想力は、藤原氏の野望と真っ向からぶつかりあう。
さらには、安倍龍太郎先生の日経新聞連載の「ふりさけ見れば」の中の遣唐使で有名な吉備真備の娘である由利、藤原百川の妻の朱華姫、さらには、井上皇后につかえるアトノカタシメ。
和気広虫は、宮中につかえる様々な女官と関わりながら「歴史」の厚い霧に閉ざされた真実の「物語」を見つけだしてた。。
小説の最後では、称徳天皇の死の謎も解かれ、彼女が死の直前に心から願っていた新しい国家創造の祈りが「詔」として輝いているように思える。


玉岡かおるは、三木市立三樹小学校三木市立三木中学校兵庫県立小野高等学校を経て神戸女学院大学文学部卒業。三木市立三木中学校で2年間教職に就いたあと文筆業に転向し、神戸大学の川端柳太郎に師事。

2022年5月24日火曜日

長崎県と佐賀県の対立

 2019年5月24日

 
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長崎県と佐賀県は、有明の海門や新幹線の問題で対立が続いている。歴史をしらべてみると、廃藩置県の直後は、両県が一つの県だった時代が7年間もあった。
分離されずにいたら、こんな対立はなかったかも?
「1876(明治09)04/18★第2次府県統合(第1回)が実施される
佐賀県が三潴県(現福岡県の一部)と統合し[新]三潴県となる
1876(明治09)08/21★第2次府県統合(第2回)が実施される
[新]旧佐賀県が三潴県から分離し長崎県と統合。長崎県が旧佐賀藩全域を合併する
1883(明治16)05/09★長崎県が旧佐賀県を分割。現在の長崎県域となる」

2022年になっても、まだ対立は完全に解決していない。



2022年5月22日日曜日

竹材料の活用

 伽須耶郡などの山林は竹が繁殖して大きな被害をうけている。他の縣でも同様のところが多い。

竹を素材に利用できる製品や作品が増えれば有難い。

今日のNHK日曜美術館では、竹を素材にした芸術が紹介された。


竹工芸家 四代目 田辺 竹雲斎 氏の作品群である。

黒竹を大量に使った大きな作品である。

循環という作品

すでに海外でも多くの作品を発表されているそうだ。

海外での発表作品例

祖父2代目の作品も、従来の竹製品などより力強い作品が多かったらしい。

2代目の作品例

このようなアート作品や製品が流行することが望ましい。

1989年に中国にでかけたときには、建築現場の足組などは、すべて竹材で組み立てられており、軽量鉄骨などはなかった。生産現場などでも、竹材の利用をもっと検討すべきではなかろうか。

熊本災害のニュース

 過去のこの日

6年前
2016年5月22日 
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熊本災害のニュースで、妊産婦の特集がされた。皆さんのご苦労が感じられたが、患者の一人に熊本在住の孫娘が登場したのに驚いた。そしてあと2ヶ月なのに、順調と診断されていたので、安心した。車中泊を2~3日したらしいが、無事だったようだ。
宿理 英彦、新田 昌彰、他12人
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関連度の高い順

  • Yuji Ishizu
    かわいいかわいいお孫さん!! ご無事で、よかった!(^◇^)
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  • 平位 ひとみ
    ホントにご無事で良かったです。
    妊婦さんで車中泊、どんなに大変だったか。
    丈夫な赤ちゃん産まれますように。
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    • 6年
  • 吉田 直美
    お孫さん、心配ですね!無事に出産までの日々を過ごされますようお祈り申し上げます。
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    • 6年