2013年10月9日水曜日

島津と黒田

島津は鎌倉幕府の時代から九州南部を領有し、幕末まで支配してきた。 
黒田は関ヶ原以後の筑前に入り、幕末まで支配してきた。 しかし如水や長政の血筋をひく子孫は5代あたりで絶えて、養子の連続でつないできた。
 福澤諭吉は、宇都宮一族をだまし討ちにしたことの祟りだといったいる。 
島津からの養子の長博は両藩の接点となって、いろいろ歴史的な仕事をしたが、悪名のほうが高くて、記録が残されていない。

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