(なじま)の語源には、地形による説 あるようだ。
松崎の高地から延びた丘陵が弧を描いて黒崎に達している地形は、手で撫でまわしたように、湾岸流で海触され崖地となっている。
「撫で間」が転じて「名島」となったという説である。
ワスレグサ(忘れ草、学名:Hemerocallis fulva)は、ワスレグサ属の多年草の一種。別名で、ケンソウ(萱草 )ともよばれる 。
豊臣時代に小早川隆景が、海軍に適した名島城を築いたが、江戸時代に、黒田長政が筑前にはいり、名島城をすてて福岡城を建造した。
正保年間の地図によれば、名島の城下町は廃墟となったため、「萱町」(かやまち)と呼ばれていた。忘れ草のように寂れていたのであろう。
その東は「松崎村」、南は「箱崎村」、北は「秋山町」であった。
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| 萱町と書かれている地図 |
その後、元禄14年の地図では、名島村になっている。

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