2015年2月18日水曜日

戦後70年の記録

帝国大学の記録

 1)大学の入学証明書

昭和20年は戦争末期で、大学入試もなく、旧制高校での成績による書類選考だけで、合否が判定された。東大などはクラス3位なら合格と言われていた。私はその合格圏内だったが、火の海の東京をさけて、地元を選んだ。勿論大学での合格発表などもなかった。
私に大学の合格通知が送られてきたのは、昭和20年2月に学徒動員先の三菱化成の工場であった。
日付は2月10日になっているが、受け取ったのは1週間おくれであった。 工場には12日に着いていたが、勤労部長が出張中のためさらに遅れてうけとった。






)大学の授業料
大学の半期の授業料の納入証明書である。75円は当時の大卒の初任給と同じくらいの金額だ。
しかしインフレのためその後給料は急激に上昇した。
しかしそのわりに授業料は増えなかった。
3年生で半期300円であった。
就職したときの初任給は、3700円であった。








3)帝国大学の名称


帝国大学の名称は、昭和22年9月30日の法令で、国立総合大学となり
帝国の文字が消えた。
8月のこの受講証明書は帝国大学の名前の入った最後のころの書類である。
昭和23年3月の卒業証明書などには「帝国」の文字は無である。

4) 軍事教練・学徒動員

5)戦争体験記録


0 件のコメント:

コメントを投稿