2015年2月5日木曜日

萩城の獅子の廊下

江戸期の萩城本丸御殿には、獅子の廊下というのがある。
延々270年間関ヶ原の屈辱を思い起こし、年賀の儀が行われた。
獅子の廊下に渡らせる殿様に、控えていた重臣が、「畏れながら内々に申し上げたき儀が」
殿、「ウン?此の目出度き儀になんじゃ?苦しゆう無い申してみよ」
重臣「畏れながら…(パット腰にさした扇子を開いて殿の耳元で、)
今年は徳川征伐の軍を何時起こしましようか?」
殿「ウン・・・・まだ速かろうぞ」
此の暗黙の儀式は270余年続き、耐えに耐え、いよいよ幕末になり、殿の御答えが、「もうそろそろ良かろうぞ」になった。

この話は出来すぎているが、司馬遼太郎の本に書かれているので、まったくの作り話ではなさそうだ。
関ヶ原の戦以後、100年間ぐらいは続いていたという研究はあるらしいが、その裏付けとなる古文書はまだ見つかっていないと、磯田さんがテレビで行っていた。

(下の図をみると、この獅子の廊下の近くに,藩政改革の柱となった村田清風や周布政乃助の撫育方や越荷方の部屋が配置されていたようだ。)

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