2016年7月15日金曜日

家康の伊賀越え



本能寺の変のあと、堺にいた徳川家康は、210Kmを3日で伊賀越えをして、岡崎城に帰館した。

歴史家の磯田道史さんは、最近忍者の子孫たちと、バスを仕立てて「神君甲賀伊賀越え」を再現したという。(読売新聞7月13日記事)

当時この伊賀越えのガイドをしたのは、服部半蔵といわれているが、一説には半蔵は同行したのではなく、狼煙などを活用して配下のものの聡指揮をしたという。
服部半蔵
狼煙中継の実験
甲賀や伊賀の忍者は、前年信長から大虐殺をうけており、その同盟者だった家康にも敵意があったかもしれない。
しかし、家康は三河に落ち延びてきた忍者を保護し、扶助を与えていたことが幸いした。

磯田氏はこのバスツアの縁で、服部家の子孫とも知り合って、多くの古文書をみせてもらったという。

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