2015年6月8日月曜日

周布政之助の遺跡

「花燃ゆ」で少し有名になった周布政之助のことは、このブログでも以前にとりあげた。
6月に山口旅行をしたとき、彼の墓や顕彰碑が、自決した湯田にあるというのでさがした。
湯田温泉駅の近くに周布町があり、そのなかにあるのは、観光地図で知っていた。
しかし車で探し回ったが見つからずあきらめた。非常にせまい路地のようだ。

10月に再度湯田温泉に泊り、やっと見つけたので、地図や写真を追加する。

墓碑は寺の墓地の中央部にあり、名前は麻田公輔となっている。また顕彰碑は墓地の隣の周布公園のなかにあり、5mくらいもある非常に高いものである。
周布公園への小道は案内板もなく、車ででは入れないくらい細い道だが、両側に清流が流れているきれいな散歩道である。

湯田は当時周防国矢原村で、大庄屋の吉富藤兵衛や林勇蔵などが志士の支援をおこなった。
禁門ノ変がおこり、長州軍が敗退したとき、責任を感じて周布は、病と称して吉富藤兵衛の離れ屋敷に閉じこもり、咽を突いて自害した。
その離れ屋敷の近くが周布公園になっている。




周布政之助(麻田公輔)の墓
顕彰碑





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